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船橋競馬×うまレター
船橋競馬の魅力発信

サウンドトゥルーを訪ねて。
岡田牧雄さんインタビュー

中央・地方の垣根を越えて、競馬業界全体の活性化を目的に発行されるフリーマガジン「うまレター」とのコラボレーション企画「人馬をつなぐ船橋ストーリー」の第2弾!

船橋競馬には強い「人」、強い「馬」がいて、毎日、さまざまなドラマが繰り広げられています。このコーナーでは、そんな人馬たちを毎月ご紹介!
今回は、今年3月に現役を引退し、生まれ故郷の岡田スタッドに里帰りしたばかりのサウンドトゥルーを訪問。同馬の生産者・岡田スタッドの代表であり、これからの余生を共に歩んでいく岡田牧雄さんにお話を伺いました。

―― サウンドトゥルーは骨折で現役引退となり、生まれ故郷に戻ってきました。怪我の状態はいかがですか?
岡田 ほとんど完治しました。今はまだ大事をとって厩舎の中で暮らしていますが、もう少ししたら広い放牧地にも出してあげられると思います。

―― サウンドトゥルーはすでに11歳ですが、昨年も東京記念を圧勝し、無事ならまだまだ現役でやれそうでしたね。
岡田 最高齢での地方重賞勝利記録(オースミダイナーの13歳)を目指していたのですが、さすがにこの歳での骨折は復帰に時間がかかりそうなので引退を決断しました。本当に長い間、よく頑張ってくれたと思います。

―― 2歳から11歳まで約9年にわたり、ほぼ休むことなく68戦を戦いました。
岡田 途中に長期休養を挟んで高齢まで走った馬は他にもいますが、休みなく11歳まで走りつづけた馬はなかなかいないと思いますよ。

【編集者注1】
競走馬の11歳は、人間でいうと40~43歳にあたります。

【編集者注2】
サウンドトゥルーの年齢別戦績
●2歳…3戦1勝
●3歳…9戦1勝 ※2着5回、3着2回
●4歳…9戦1勝 ※3着5回
●5歳…11戦5勝(GⅠ1勝、JpnⅡ1勝) ※2着2回、3着2回
●6歳…7戦1勝(GⅠ1勝) ※2着1回、3着4回
●7歳…7戦1勝(JpnⅠ1勝) ※2着3回
●8歳…6戦0勝 ※3着2回
●9歳…6戦1勝 ※3着1回
●10歳…8戦2勝 ※3着1回
●11歳…2戦0勝 ※3着2回

―― それだけの長期間、一線級で戦いつづけられた秘訣は?
岡田 4歳春に去勢手術をして、セン馬にしたのが大きかったですね。もともと気性には何の問題もないおとなしい馬だったのですが、馬体の筋肉量が多過ぎて、力むような走法が気になっていたんです。この走り方では長く競走生活を送るのは難しいだろうと思い、去勢することを決断しました。

―― 去勢することに迷いはありませんでしたか?
岡田 去勢の効果については昔から勉強していて、いろいろと試行錯誤してきました。サウンドトゥルーも早い時期から去勢した方が良さそうだとは思っていたのですが、ある程度の成績も出ていましたし、4歳春まで我慢したんです。その後にサウンドトゥルーが結果を出してくれたおかげで、去勢に関する持論に確信が持てました。

―― サウンドトゥルーは5歳時に東京大賞典、6歳時にチャンピオンズカップ、7歳時にJBCクラシックと3年連続でダートGⅠ(JpnⅠ)を制しました。やはり去勢したのが功を奏したのでしょうか。
岡田 そうですね。去勢後、明らかに身のこなしが変わりましたからね。あと、競走馬として生まれてきたからにはできるだけ長く競走生活を送らせてあげたいというポリシーがあるので、去勢することでそれが実践できたのも嬉しかったです。

―― 全弟のルールソヴァール(セン9、父フレンチデピュティ ※現役馬)、半弟のアナザートゥルース(セン7、父アイルハヴアナザー ※現役馬)もセン馬になって重賞勝利をおさめていますが、筋肉量が多いのは母キョウエイトルースから伝わっているのでしょうか?
岡田 それもあるとは思いますが、サウンドトゥルーの場合は父フレンチデピュティの影響が大きかったと私は見ています。デピュティミニスターの系統は、筋肉隆々の馬が多いですからね。

―― 8歳秋のJBCクラシックで5着に敗れたあと、船橋競馬に移籍しました。移籍の理由は?
岡田 あれが南関東競馬に移籍できるギリギリのタイミングだったんですよ。高木登調教師からは「最後までやらせてほしい」と懇願されましたが、サウンドトゥルーのためには南関東へ移籍した方がより活躍の場が広がると考え、わがままを聞いてもらいました。


※現役時代のサウンドトゥルーと佐藤裕太調教師

―― 船橋の佐藤裕太厩舎所属となりましたが、佐藤裕太調教師とは以前からお付き合いがあったのですか?
岡田 彼が川島正行厩舎で騎手をしている頃からのお付き合いです。厩舎での彼の仕事ぶりを見て感心し、その頃から「将来、調教師になったら頼むね」と言っていました。馬の仕上げに関しては本当に信頼しています。

―― 具体的に、佐藤裕太調教師のどのような部分が優れているのでしょうか?
岡田 彼は実際に自分で乗って馬の状態を確かめますから、言葉にも説得力がありますね。それでいて謙虚で頭も良く、すごく人間力の高い調教師だと思っています。また私は馬を追い込み過ぎず、ふっくらとした馬体に仕上げてくれる方が好きなのですが、船橋に移籍してからは常にそういう状態でレースへ臨めていました。パドックでも背中に無駄な力が入らず、ゆったりと歩けている印象がありました。

【編集者注3】
サウンドトゥルーは2018年11月に8歳で船橋・佐藤裕太厩舎へ移籍。地方所属馬として初めて挑んだ東京大賞典(GⅠ)は4着に敗れたが、9歳初戦の2600m長距離重賞・金盃(大井)に優勝。その後は一時不振に陥ったものの、10歳時の金盃で森泰斗騎手とコンビを組み、同レース連覇達成。以降は森泰斗騎手が主戦を務めることになる。つづくダイオライト記念(JpnⅡ)では、半弟のアナザートゥルースと初対戦(アナザートゥルース1着、サウンドトゥルー3着)。ダートグレード3着で復調の兆しを見せ、10歳秋の東京記念(大井)では2着馬に7馬身差をつけるパフォーマンスを披露。完全復活をアピールした。

―― 森泰斗騎手は「サウンドトゥルーからいろいろと学ばせてもらった」とインタビューに答えていました。
岡田 そう言ってもらえると嬉しいですね。逆に、こちらも森泰斗騎手から勉強させてもらったことがたくさんあります。彼は馬の力を信じ、自信を持って騎乗しますから。

―― 森泰斗騎手はサウンドトゥルーのことを「気持ちの強い馬で、年齢を重ねてもそれが衰えなかった」とも言っています。
岡田 そうでなければ11歳まで一線級で活躍するのは無理ですよね。あと頭の良い馬なので、自分でオンオフの切り替えができていたように思います。

―― サウンドトゥルーが戦った68戦の中で、最も印象に残っているレースは?
岡田 やはり6歳時のチャンピオンズカップですね。ジャパンカップダートの名称で行われていた時代から「ダート馬が生まれたらどうしても獲りたい」と思っていたレースですから。これまでに多くの生産馬や所有馬が競馬をしてきましたが、レース前に自分が思い描いていた通りの形になったのはサウンドトゥルーのチャンピオンズカップが唯一です。


※2016年チャンピオンズカップを6歳で制覇

―― 今年1月に36歳8カ月27日でこの世を去ったマイネルダビテが過ごした放牧地で余生を送る予定と聞いています。
岡田 マイネルダビテが亡くなり、相談相手がいなくなって寂しく思っていたところ、すぐにサウンドトゥルーが戻って来てくれました。これも何かの縁なのかもしれませんね。これからはサウンドトゥルーに相談相手となってもらい、良い友達付き合いをしていきたいと思っています。

【編集者注4】
馬の36歳8カ月は、人間でいうとおよそ118歳くらいです。

―― 最後に、現役時代からサウンドトゥルーを応援していたファンの方へメッセージをお願いします。
岡田 長い間、サウンドトゥルーを応援していただいたファンの皆さまにはお礼を言いたいですね。本当にありがとうございました。今はコロナ禍で気軽に来られる状況ではないでしょうが、落ち着いたらぜひ会いに来てあげてください。そして元気に過ごすサウンドトゥルーから、また何かを感じ取ってもらえると嬉しいです。

―― サウンドトゥルーもマイネルダビテのように長生きしてくれることを願っています。本日はありがとうございました。


※岡田スタッドに戻ってきたサウンドトゥルーと岡田牧雄さん(右)とスタッフの小澤亨介さん(左)


取材・文/浜近英史