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船橋競馬×うまレター
船橋競馬の魅力発信

人馬がつなぐ船橋ストーリー
左海誠二騎手インタビュー

中央・地方の垣根を越えて、競馬業界全体の活性化を目的に発行されるフリーマガジン「うまレター」とのコラボレーション企画の第3弾!

船橋競馬1000mを舞台に行われる重賞「習志野きらっとスプリント」。スーパースプリントシリーズのファイナルとして実施され毎年全国から快速自慢のスプリンターが集結します。その中で、過去10回中3回を制し、現在2連覇中のジョッキーが左海誠二騎手。今回は、左海騎手に習志野きらっとスプリントのポイントを教えていただくほか、自身のこれまでの騎手人生も振り返っていただきました。

――2016年はフラットライナーズ、2019年、2020年はノブワイルドで勝利を飾っています。振り返っていただけますか?
左海
 フラットライナーズはなんとか凌いでアタマ差で勝ちました。2019年のノブワイルドの時は、スタート出遅れたらまずいなという心配は少しありましたね。あの時は1番人気のアピアと先行争いしたんですよ。指示が「行ききれ」でしたから。2番手でも大丈夫だったとは思いますが、行ききって結果を残してきた馬ですしね。次の年も勝つことができたのですが、本来なら浦和の1400mがベストだったと思います。ただ、もともとスタートセンスも良くて、スピードのある馬だったから1000mに適性がないわけではないかなと。実際勝ったわけですからね。

――船橋1000mのポイントを教えてください。
左海
 これはどこの競馬場でもそうですが、馬場状態は重要ですね。短距離戦だから単純に先行馬かなって思うけど、開催によっては差しが決まる時もありますから。でも基本的には先行馬が有利かなとは思います。

――距離適性についてはいかがですか?スプリンターといっても、1000m~1400mなどと馬によってベストな距離、守備範囲って違いますよね。
左海
 1000mと1400mだと流れが全く変わりますからね。1400mで行けても1000mでは行けないような馬もいます。あとは1000mという距離に走り慣れているかどうかも重要ですね。

――なかには1000mや900mが適距離という馬もいるんですか?
左海
 いますいます、超スプリンター!900mだったら逃げ切れるけど、1000mだと残り100mが長いなんて馬もいますよ。

――続いては、ちょうどクラシックシーズンということでアランバローズについてお聞きします。(インタビューは東京ダービーの前日に行いました)
デビュー当初はこの馬の可能性をどう感じていましたか?
左海
 スピードがあって、いいものもっているなぁとは思っていました。

――先に向けての手応えはどのあたりで?
左海
 3戦目のゴールドジュニアを勝った時ですね。これはものが違うと思いました。次のハイセイコー記念は距離が伸びてどうかな、マイルは大丈夫かなという不安がありました。でもゴールドジュニアの勝ち方だったらなんとかなるだろうと。そんな矢先のまさかの2番手競馬。かなり引っかかって、あぁやっちゃったかなぁと思いました。そうしたら2コーナーでふっと抜けてくれたんですよ。向正面ではリズムよく走ってくれて、3コーナーでちょっといじったら、「ぐっ」て噛んだからこれはもう大丈夫だと思いました。この競馬ができるならこの先も楽しみだなと。

――そして全日本2歳優駿。5馬身差の圧勝劇でした。
左海
 JRA勢相手だし、ここで負けても次に繋がればいいかなって思っていて、7枠だったし内を見ながら競馬をしようと林調教師とは話していました。逃げるつもりは全くなかったんですよ。前走2番手で走ったから今回もそれでどこまでやれるかなと考えていて。そうしたら好スタートで、内に誰もいない。それなら下げることなく気持ちよく走らせたほうがいいなと切り替えました。直線に向いた段階で手応え抜群だし、これは追ってものびるなという感触でした。馬によっては手応えがあっても伸びるか伸びないか不安な時もあるんですが、この時は、勝ったなと正直思いました。

――左海騎手は派手に喜ぶタイプではないと思いますが、実際のお気持ちはどうだったのですか?
左海
 相当嬉しかったですよ。自分自身初めてのジーワン勝利でしたし、無敗で勝ったというのも嬉しかった。去年、コロナ禍で色んなことがあった中でしたから、最後に締めくくれてよかったなって。ただ、レースの後、みんなで祝杯をあげたりできなかったのは寂しかったですけどね。

――3歳に入り京浜盃で9着、羽田盃で2着と敗戦を経験しました。
左海
 京浜盃は、休み明けだったり出遅れて初めて砂をかぶったりして道中はしっちゃかめっちゃか。全く競馬になってなくて論外です。羽田盃は自分の形にもっていってあれだけふんばれたから、やっぱり走るなと思いました。それだけに京浜盃のレースが悔やまれましたけど。

――改めて距離についてはどう感じましたか?
左海
 やっぱり長いです。この先、どうなるか分かりませんが現状ベストではありません。マイルまでだったら力が発揮できるのではないかと思います。

――東京ダービーは距離がさらに伸びて2000m。意気込みをお願いします。
左海
 2000mは確実に長いけど、どれだけ自分の形で走れるかですね。目標にはされると思うけど、他に主張する馬はいないんじゃないですかね。そこで自分のリズムで走れれば。ただダービーは甘くないですから。それと、追切がかなり動いたので当日のテンションも鍵となりそうです。いつも調教をつけているタツ(山口達弥騎手)に聞くと状態は良いと言っているし、あとは自分が上手にエスコートできるかですね。

――ご自身は2013年にインサイドザパークで東京ダービーを制していますが、ダービーに対しての想いは?
左海
 もしあの時インサイドザパークで勝っていなかったら、今年はもう少し意識しているのかも。一つ勝って肩の荷が下りているって正直ありますから。日本ダービーの福永君(福永祐一騎手)も昔の経験があるからああやって勝利に導けたんだと思います。自分も1勝しているからこそ、変なプレッシャーを感じずに自然体で臨める気がします。やっぱりダービーはジョッキーにとって特別ですよ。

*6月9日の東京ダービー。最終的に単勝オッズ4.1倍の1番人気に支持されたアランバローズは、自分のペースに持ち込み逃げ切り勝ち。見事ダービー馬の称号を手にしました!

――ではこれまでの騎手人生について振り返って頂きましょう。1993年にデビューされてから28年がたちます。当時の船橋競馬の騎手のみなさんの雰囲気はいかがでしたか?
左海
 デビューした時はかなりの縦社会。船橋は強面のジョッキーばかりでしたよ(笑)本当に下っ端から始まった感じ。今とはだいぶ違いますね。

――デビュー時の北川亮厩舎から、現在は岡林光浩厩舎に所属しています。岡林厩舎といえば、張田京騎手(現調教師)と左海騎手の2枚看板という印象でした。張田元騎手とはどのような関係だったのですか?
左海
 張田さんは兄弟子にあたりますが、デビューの前から張田さんの鞍掃除などをやっていました。だから勝負服も色違いなんですよ。乗り方がカッコよくて上手くて。騎手になる前から憧れでした。だからくっついていたのだと思います。

――仲のいい騎手は?
左海
 今はタツ(山口達弥騎手)が弟分みたいな存在ですかね。昔は、張田さんとか祐樹さん(佐藤祐樹元騎手)とかと飲み歩いていました。裕太(佐藤裕太現調教師)が騎手の頃は時々、ご飯に行っていましたが、何気に周りに同世代って少ないんですよ。

――ちなみにお酒はお強いんですか?
左海
 大好きですね。毎日飲んでいますよ。結構早くから飲み始めて、早くに寝るって感じ。それで夜中に目が覚めて、テレビを見ています(笑)

――これまで多くの名馬に騎乗されてきましたが思い出に残っている馬をあげるとすると?
左海
 難しい質問ですが、僕の代表の馬といったらやっぱりマキバスナイパーですね。競走馬の成長過程を教えてもらった馬です。この馬に乗っていたから競馬の駆け引きだったり楽しさだったりを知ることができました。

――マキバスナイパーに騎乗した中で印象深いレースは?
左海
 重賞ではないんですが、1999年の新春盃。佐々木竹見さんと競り合ってハナ差で勝ったんですよ。オレ、竹見さんに勝った!ってすごく覚えています(笑)

――この頃のマキバスナイパーは、まだまだ成長途上という時期ですよね。この馬の強さはどのように感じていったのですか?
左海
 初めて古馬重賞を使ったサンタアニタトロフィーで9着だったんですが、その後のアフター5スター賞で4着にきた時、この先絶対いけると感じました。使うたびに馬が良くなっていて。

――同世代の実力馬アローセプテンバーにも騎乗していましたよね。
左海
 東京湾カップでアローセプテンバーとマキバスナイパーは対戦しているんだけど、この時はアローセプテンバーの方が断然強かったです。でも途中から、あれ?マキバスナイパーの方が?!ってどんどん覆されていきました。もちろんアローセプテンバーも強い馬だったんだけど、結果的にはマキバスナイパーの実績は素晴らしかったですからね。一緒に悔しさも味わったし、本当に思い出深い馬です。

――そのほかで思い出に残っているレースはありますか?
左海
 驚いたレースでいいですか?ニシノハナグルマで勝ったJRAフローラステークス(2002年)です。だってまさかでしょ?!(笑)自分でも勝てるなんて思ってなかったし。これが中央初勝利ですよ。思い出というか、驚きの出来事でした。

――その後は、岡林厩舎のヒミツヘイキでユニコーンS(2002年)、イルバチオでアイビスサマーダッシュ(2003年)を制すなど、JRAでの活躍も目立ちましたね。
左海
 アイビスサマーダッシュを勝つってすごいですよね(笑)初めての直線だったんですよ。あっという間でした。そしたら勝ってた、みたいな(笑)真ん中くらいの枠から上手くするする抜けていったんですが、え?もうゴール?!って感じを良く覚えています。

――ご自身のセールスポイントは何ですか?逆に課題などがあれば教えてください。
左海
 セールスポイントは、先行馬が得意なところですかね。どちらかというと感覚で乗っているタイプなんですが、それなりの能力のある馬で、自分の形で先行できれば、最後残せる自信がちょっとあります。持論ですが、どんな展開であれ、逃げ切れる馬が一番強いと思っています。そういう馬も含めて「先行」は好物かな(笑)
課題をあげればきりがないけど、前へのポジション取りで強引に入ってしまう時があることですかね。でもそれくらい強気で乗らなきゃ位置が取れないというのもありますよね。

――左海騎手は馬との折り合いをつけるのが上手いと聞いたことがあるのですが、「折り合い」についてはどう考えていらっしゃいますか?
左海
 折り合いは馬乗りにとってすごく大事なこと。人と接する時も折り合いって大事ですよね?同じことだと思います。馬とコンタクトをとるのも折り合いが大切。もともと人間関係もごちゃごちゃしたくない性格ですから。馬とは特にそうです。無駄な喧嘩はしたくないですからね。人間にしても馬にしても折り合いには気を付けています。

――デビューからコンスタントに年間勝鞍をあげていますよね。ケガもあったと思うのですが。
左海
 一定な成績ですよね。でもよくここまでこの世界にいるなぁ(笑)ケガもたくさんしました。20代中盤から10年間くらい1年間フルで騎乗できたことがなかったんですよ。毎年何かケガをしていて、合わせて2,3か月は乗れていないという。だから、いつも目標が1年間フルで乗ることでした。

――左海騎手は2019年まで船橋競馬の騎手会長をされており、現在は顧問相談役という立場です。今の船橋ジョッキーズはいかがですか?
左海
 今も昔も知っている立場ですが、みんな個性豊かでのびのびとやっていますね。ただもう少し締まった方がいいなと思う部分もあります。時代が時代だからあんまりガミガミ言うつもりはないですけどね。ただ、自分で責任をとれる行動をするように、ということは会長時代から言ってきたつもりです。もちろん後輩のがんばりは嬉しいですよ。厳しい世界ですからチャンスは少ないかもしれないけど、へそ曲げずにがんばってこそです。

――今後の目標を教えてください。
左海
 ケガをしないようにマイペースで。乗れるだけがんばって乗るということをいつも掲げています。ケガは仕方ないことだけど、痛い思いはしたくないですもんね。ケガをしない、させない、ですね。

――プライベートも含めて夢はありますか?
左海
 以前、自分の車で実家の長崎に家族で帰ったことがあるんです。何も計画せずに荷物だけ積んで。それをもう一回やってもいいかなって。行きはワクワク感があったんだけど、帰りはしんどかったですね。でも楽しかった。千葉から長崎まで本当に道路で繋がっているんだなって、すごいなって思いましたよ。おふくろが元気なうちに、今度はしっかり計画を立てて実現させたいですね。騎手を引退した後になるかもしれないけど、これが夢ですね。

――本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

取材・文/秋田奈津子