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うまレターコラボ
アジュディミツオーを訪ねて

人馬がつなぐ船橋ストーリー
第7回

中央・地方の垣根を越えて、競馬業界全体の活性化を目的に発行されるフリーマガジン「うまレター」とのコラボレーション企画の第7弾!

船橋競馬の強い人馬を紹介していくこのコーナー。今回は、東京大賞典を2連覇するなど交流GⅠ5勝を挙げ、4歳時には地方所属馬初となるドバイワールドカップ出走も果たしたアジュディミツオー(船橋・川島正行厩舎)をご紹介。生まれ故郷の藤川ファーム(新ひだか町静内豊畑)で過ごす20歳になったアジュディミツオーを訪ね、生産者の藤川尚貴さんに近況を伺ってきました。

―― アジュディミツオーは今年で20歳になりましたが、馬体も若々しくて張りがあり、とてもそんな歳には感じさせませんね。
藤川
 ありがとうございます! そう言っていただけるのが1番嬉しいです。アジュディミツオーの現役時代を知るファンの方がいつ会いに来られても「相変わらずかっこいいね」と言ってもらえるよう、エサの与え方なども工夫しながら体調管理に気を配っています。

―― 現在は、功労馬としてここで暮らしているのですか?
藤川
 2017年から種付けは行っていませんが、種牡馬登録はそのままキープしつづけていますので、今でも現役の種牡馬です。生涯、“種牡馬アジュディミツオー”を貫きたいと考えています。

<編集者注1>
アジュディミツオーの種付け頭数
2010年 41頭(生産頭数 22頭)
2011年 24頭(生産頭数 14頭)
2012年 23頭(生産頭数 12頭)
2013年 14頭(生産頭数 8頭)
2014年 8頭(生産頭数 3頭)
2015年 3頭(生産頭数 2頭)
2016年 1頭(生産頭数 0頭)

―― 毎年、会いに来られる熱心なファンの方も多いのではないですか?
藤川
 そうですね。最近はコロナ禍で少なくはなりましたが、そんな状況でも必ず顔を見に来られる熱心なファンの方はいますよ。現在も「競走馬のふるさと案内所」にご連絡いただければ見学を受け付けていますので、ぜひバナナ持参で会いに来てあげてください(笑)。

<編集者注2>
競走馬のふるさと日高案内所
TEL.0146-43-2121

―― えっ!? バナナが好物なんですか?
藤川
 そうなんですよ。すごく頭の良い馬なので、1度でもバナナをくれた人のことはちゃんと覚えていて、近くに寄って来て写真を撮りやすい位置でポーズを決めるんです。逆に、「この馬のせいで馬券を外した」などと悪口を言う人がいると、尻を向けて遠くへ行ってしまいます(笑)。

―― 船橋競馬の関係者も会いに来られますか?
藤川
 川島正行先生の奥様や御子息の光司さんは、北海道に来ると必ず寄ってアジュディミツオーと触れ合っていかれます。山下貴之調教師は騎手時代に調教で振り落とされたことがあるそうで、近づくのを嫌がっていました(笑)。

―― 故・川島正行調教師とは古くからのお付き合いだったのですか?
藤川
 川島先生が開業した当時から、私の父とは交流があったようです。北海道に来るといつもうちに寄っていかれたので、私も小さい頃からよく川島先生に面倒をみてもらっていました。その頃の印象は「怖いおじさん」という感じでした(笑)。

―― まさに家族ぐるみのお付き合いだったんですね。
藤川
 そうですね。奥様や御子息の川島正一先生、川島正太郎騎手、バレットをしている川島光司さんといったご家族はもちろん、今は調教師となっている佐藤裕太先生や山下貴之先生など、川島正行厩舎にいた皆さんとは今でも仲良くしてもらっています。私の弟も当時、川島正行厩舎で厩務員をしていて、アジュディミツオーを担当していましたからね。

―― 弟さんは今も船橋で厩務員をされているのですか?
藤川
 はい。山下貴之厩舎でお世話になっています。カジノフォンテンの担当ではないですけどね(笑)。今、うちの生産馬のプレストカイザーという3歳馬も担当していて、小杉亮騎手が乗って船橋で3勝し、今年の春には重賞の東京湾カップにも出走しました。

―― 藤川さんも昔、厩務員をされた経験があるそうですね。
藤川
 20歳~24歳までの4年間、大井の高岩孝敏厩舎で厩務員をしていました。その当時、向かいの高橋三郎厩舎にうちの牧場の生産馬イエローパワー(羽田盃優勝、ジャパンダートダービー2着)がいたので、よくお邪魔してエサの作り方や調教の仕方を教わりました。

―― アジュディミツオーは2005年、地方所属馬として初のドバイワールドカップ出走を果たしました。藤川さんはドバイへも応援に行かれたのですか?
藤川
 ドバイへは父が応援に行き、弟も担当厩務員として帯同しましたが、私は牧場でお留守番でした(笑)。家族経営の牧場なので、何日も留守にするわけにはいきませんからね。

―― ドバイワールドカップ6着という結果に、佐藤裕太調教師は「もっとしっかり調教ができる環境だったら…」と悔しがっていました。
藤川
 何もかも初めての経験でしたから、思っていたような調教ができなかったんでしょうね。その悔しい気持ちはわかります。でも生産者としてみれば、出走できただけでも栄誉なことだと思っていました。

―― そのドバイ遠征も含め、最も印象に残っているのはどのレースですか?
藤川
 よく「初めてGⅠに勝った東京大賞典でしょ?」と聞かれるのですが、実はその1つ前、3歳時に2着に負けたJBCクラシック(大井)が最も印象に残っているんです。あの時は、3連覇が懸かっていたアドマイヤドンと直線でビッシリ叩き合い、レコード決着の3/4馬身差2着でしたからね。「これは本当にモノが違うな」と実感しました。

<編集者注3>
アジュディミツオーの主な戦績
●2003年(2歳)
 9月に船橋競馬場1000m戦でデビューして新馬勝ち。2歳時はこの1戦のみで休養に入る。

●2004年(3歳)
 7ヶ月ぶりの実戦となった4月の3歳初戦を5馬身差で圧勝すると、東京湾カップへ駒を進めて重賞初勝利。つづく東京ダービーも制し、デビューから不敗の4連勝で南関東3歳世代の頂点に立つ。ジャパンダートダービー(GⅠ)で初黒星(4着)を喫し、黒潮盃も3着に敗れたが、初めて古馬と対戦した日本テレビ盃(GⅡ)でナイキアディライトの半馬身差2着、つづくJBCクラシック(GⅠ)もアドマイヤドンの3/4差2着と大健闘。そして暮れの大一番・東京大賞典(GⅠ)でタイムパラドックスなどの錚々たる古馬勢を一蹴し、初GⅠ制覇をなし遂げた。

●2005年(4歳)
 4歳初戦は3月のドバイワールドカップ(GⅠ)。地方所属馬として史上初となる同レース出走を果たし、ロージズインメイら世界の強豪相手に6着(12頭立て)と健闘。帰国後はJRAのレース(武蔵野ステークス、ジャパンカップダート)にも挑戦したが勝利することができず、4歳シーズン未勝利のまま連覇が懸かる東京大賞典(GⅠ)を迎えた。このレースでは、シーキングザダイヤ、タイムパラドックスなどJRAの強豪馬相手に影も踏ませぬ逃げ切り勝ちをおさめ、51回の長い歴史を誇る東京大賞典で史上初となる連覇を達成。この年のNARグランプリ年度代表馬に選出されている。

●2006年(5歳)
 5歳初戦の川崎記念(GⅠ)でGⅠ連勝を果たすと、5月にはかしわ記念(GⅠ)で地元・船橋のGⅠを初制覇。つづく6月の帝王賞(GⅠ)もレコード勝ちし、南関東で行われる古馬GⅠ完全制覇(持ち回りのJBCは除く)を達成。3連覇の懸かった東京大賞典(GⅠ)は5着に敗れたが、2年連続でNARグランプリ年度代表馬を獲得している。

●2007年(6歳)~2009年(8歳)
 6歳シーズン以降は長期休養を挟みながらGⅠ競走を中心に出走したが、1歳下のヴァーミリアンがダートGⅠを席巻し始めるとともに、3歳下のフリオーソ、4歳下のエスポワールシチーなど若い世代の台頭もあり、勝利することができずにいた。8歳6月の帝王賞(JpnⅠ)で10着に敗れたあと、調教中に故障を発症して引退が決定。11月に船橋競馬場で引退式が行われ、2010年よりアロースタッドで種牡馬生活を始めた。

―― 3歳と4歳で東京大賞典を連覇し、5歳時には川崎記念、かしわ記念、帝王賞とGⅠを3勝。振り返ってアジュディミツオーのピークはいつだったと思いますか?
藤川
 5歳時の帝王賞は、カネヒキリを破ってのレコード勝ちでしたからね。地元での初GⅠ勝利となったかしわ記念も負かした相手がブルーコンコルドですから、やはり5歳の春から夏にかけてではないでしょうか。

―― 牧場で育っていた頃から、将来、大物になる予感のようなものはあったのですか?
藤川
 全然なかったですね(笑)。アジュディケーティングの産駒ですから、「地方である程度は走ってくれそうだな」とは思っていましたが…。馬体も牧場にいた頃はすらっとして背が高く、シルエットのきれいな馬という印象でした。まさか、あんなに迫力のある大型馬に成長してくれるとは夢にも思っていませんでした。

―― 現役時代から“荒々しい馬”という印象でしたが、それは20歳になった今も変わっていませんか?
藤川
 まったく変わっていません。今でも放牧地への出し入れは、私にしかできませんから。きっと、人間より自分の方が偉いと思っているんでしょうね。そういう意味では、毎日が戦いです(笑)。

―― アジュディミツオーに縁のある血統の繁殖牝馬は牧場に残っていますか?
藤川
 うちの牧場にはいませんが、他の牧場に何頭か残っていると思います。あと、アジュディカグラ(牡5歳、大井・蛯名雄太厩舎)など現役の産駒がまだ数頭いますので、その活躍にも期待したいですね。

―― アジュディミツオーに、これからどういう馬生を送っていってほしいですか?
藤川
 会いに来られた方に「やっぱりミツオーだね」「相変わらずワンパクだね」と言ってもらえるのが1番の誉め言葉だと思っています。ですから、いつまでもアジュディミツオーらしい荒々しさを残したまま、かっこいい姿でいてほしいと願っています。

―― また、やんちゃでかっこいいアジュディミツオーに会いに来ます。今度はバナナ持参で(笑)。本日はありがとうございました。

取材・文:浜近英史
取材日:2021年10月13日

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